秋の風物詩・塾との面談が終わった。
志望校決めるやつ。
前述のようにうちの娘の成績は絶賛ナイアガラ中である。というより華厳の滝に近い。
年平均でいうと63くらいだが、ここ半年にしぼると61くらい、過去2回に絞ると58である。
これが一時的なスランプなのか、それとも長期的な傾向なのか。
流れをよみつつ、さらにその先も読んで慎重に検討しなければならない。
そういうとカッコイイが要は幅広に構えないといけないというだけのことである。
事前に提出した紙をみて塾の面談担当の人は頭を抱えたようだった。
数日前、我々夫婦がよっぱらいながら言い争いを続け、さらに寝ようとした娘の身柄を確保して作成した志望校表である。
第一志望はだれもが知ってる千代田区の学校と横浜の学校が二つ殴りがき。この時期なのに二つ書いてる。
第二志望はなぜか一つで今年から受験方式が日能研とか向きじゃない方向に代わるところ。もちろん半年前の面談ではまったく話題にでなかったところである。
第三志望はぐっとリーズナブルになって千代田区のお堀のそばのマンモス女子校。
それ以下はただ学校名が列挙してある。
佐賀の学校、浦和の学校、市川の女子校、幕張の隣の学校。そして千代田区のマンモス校と渋谷の女子校。あと西荻窪の学校と港区のキリスト教の学校も。第三志望よりだいぶ偏差値高いところが多い。
面談担当さんの第一声は
「学校の数が多いですねえ。もうすこし絞りましょう」だった。
私が説明した。
「この志望校表は実はまったく異なる二つの思想をもとに作成された二つの併願プランを適当に合作したものなのです」
そういって私は二枚の紙を見せた。
①母のプラン「千代田区のだれでも知ってる学校はもう変えないが、かわりに他はとにかく手堅くいく。受かるわけないところは受けない」(三日校除く)
②父のプラン「実力よりちょっと上のところを受けまくって、なんとか合格率を上げる」
具体的には、母のほうには一日にあこがれの千代田区の学校、二日にマンモス校が入るもので、他の日程には全体的に抑えめ。なぜか第一志望近くの学校と幕張の隣の学校が入っている。
テーマは臥薪嘗胆だという。
舐め腐った小6ライフを送ったせいで悲しい結果に終わっても、となりで成功者たちが楽しくスクールライフを送ってる様をみればすこしは改心して勉強に励むだろうというものだ。つまり彼女の中ではすでに娘の現在地は偏差値58であり、それ以上でもそれ以下でもないのである。
私のほうは一日の受験校が横浜に替えられた一方で、2~5日の午前は全部強気の設定である。
前述のとおりなんとかして二番手校に食い込ませたい。ラストエンペラーで「この人は(頭の)いい人なんです!」と訴える宣統帝溥儀の気分である。
(つづく)